ヤマサハウス|家族の絆を守る住まい-鹿児島と共に76年。ヤマサハウスのレジリエンス-

ヤマサハウスのレジリエンス

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鹿児島で長年家づくりを行ってきたこれまでの経験と実績がこれからを守る。災害を脅威と言わない未来のために

レジリエンスを考えた住宅とは

地震や台風、火災などの自然災害で、万が一被害があっても自分たちの住まいで、自立した生活ができること。そして、速やかに日常生活へ回復する力がある住まいのことです。
ヤマサハウスは鹿児島の家族を守る住まいを作るため、過去の災害復旧の経験を元に研究を重ね、今後の災害にも備えた家づくりを行なっています。家族の絆を守る住まいは、鹿児島と共に76年間歩んできたヤマサハウスだからこそ目指せるものなのです。

私たちの思い
鹿児島で『郷土が誇る企業をつくる』を胸に。お客さまとの絆こそが、レジリエンスの原点です 鹿児島で『郷土が誇る企業をつくる』を胸に。お客さまとの絆こそが、レジリエンスの原点です
佐々木 典明
佐々木 典明

1948年、木材業として肝付町(旧高山町)で創業し「鹿児島を、鹿児島に関わる人たちにとってもっと、ずっと、住みたい場所にする」を企業使命観に掲げ、鹿児島の木材を使い、鹿児島の気候風土に合った家づくりに取り組んでまいりました。
私たちの住むこの鹿児島は集中豪雨や台風など、多くの災害に見舞われました。被害が出るたびに、お客さまの家をまわり、社員一丸となって復旧作業に力を尽くしてきました。
そこで痛感した、自然災害の恐ろしさと痛ましさ。そして私たちの技術の及ばなかった点を反省し、「どうすれば、お客さまが安心して暮らせるだろうか」と問う。そうして培った経験と、たくさんのお客さまの声をもとに、鹿児島における住まいのあり方を追求し、技術開発を続けています。
お客さまに誠実でありたい、私たちの家づくりの全てを知ってもらいたい、との思いで毎月開催している「住まいづくり探検ツアー」は300回以上を数えます。木材を加工する工場から、実物大の構造模型、最新の防災設備まで、実際に見て・触って・感じていただけます。ぜひご家族みなさんで来て、ヤマサの住まいを確かめてみてください。
今では2世代・3世代とお付き合いいただくご家族も増えています。愛着を持って大切に暮らし、世代を越えて住み継がれる家を目指し、メンテナンスやリフォームなど、一貫して対応しています。未来まで家族を守り、「ヤマサで建ててよかった」と、誇りに思っていただける住まいづくりこそが、私たちの使命。これからも、鹿児島のみなさまの暮らしとともに歩んでまいります。

災害に学び、進化し続ける 。レジリエンス 技術開発のあゆみ

社員総動員の復旧作業。「もう飛ばされない瓦を!」

お客さまの家の復旧作業を最優先に、営業活動は一時ストップ。全社員と取引業者の職人たちがチームとなり、一軒一軒回り、被害状況の確認と修繕を行いました。中でも最も多かったのが、瓦が吹き飛ばされる被害。台風に負けない屋根の技術開発に着手しました。

土台から家本体まで貫く通し柱をもっと強く!

被害の大きかった神戸市などを視察。倒壊した家屋では、1階と2階を構造的に一体化させるのに欠かせない「通し柱」が折れたり、抜けたりしていることに着目。直下型地震にも負けない、新たな「通し柱」の開発で強度アップを目指しました。

写真)「平成7年阪神・淡路大震災木造住宅等震災調査報告 書」木造住宅棟等震災調査委員会

「地震が起きにくい、 その保証はないから備えよう」

地震が起きやすい地域を「1.0」とする地震地域係数。鹿児島は「0.8」ですが、「0.9」の熊本で大地震が発生したことを受け、ヤマサハウスでは係数「1.0」を基準として考えた設計に。国が定めた基準値の最高ランク・耐震等級3で、更に1.25倍の強度が全棟標準仕様になりました。

写真)「読売新聞 特別縮刷版 熊本地震」読売新聞東京本社

ヤマサハウスの災害対応の歴史

鹿児島は高温多湿な気候による夏場の猛暑や台風、桜島の降灰など厳しい気候を持ち合せた地域。ヤマサハウスは76年間、真摯に家づくりと向き合ってきた中で、様々な教訓を得てきました。これからの防災住宅は、「家」だけでなく「庭」づくりも合わせ、トータルで考えていかなければなりません。

ヤマサハウスは自然災害に対して
そなえ」「まもり」「ささえ
の3つを柱に、鹿児島の気候風土に合ったひとつ上の安全基準を備えた防災住宅をご提案致します。

ヤマサハウスの支え

全災害共通

災害発生後も住み続けられる6つのささえ

家族の絆を守る
安心の保証

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